【歴史とワンピース】「忠犬ハチ公」

歴史

忠犬ハチ公

ハチ

 1924年、東京帝国大学農学部教授・上野英三郎のもとに、一匹の秋田犬がやってきました。
 ハチと名付けられたその犬は、上野氏に飼われていたジョンとエスとともに毎朝主人を見送り、時には渋谷駅まで送り迎えすることもあったといいます。

 しかし翌年、上野氏は教授会の懇談中に脳溢血で急逝します。

 ハチは内縁の妻・八重子の親戚である日本橋の呉服屋に預けられますが、客に飛びつく癖が商売の妨げになるとして、浅草へ移されました。

 やがて上野氏の弟子達が八重子のために世田谷に家を建て、八重子はハチとエスを引き取ります(ジョンは預け先から逃げ出し、行方不明となった)。

 後に渋谷周辺でハチが度々目撃されていたと知った八重子は、渋谷区に住む上野邸の植木職人でハチを可愛がっていた小林菊三郎にハチを預けます。この時、上野の死から2年余りが経過していました。

 この頃からハチは、かつて上野氏が帰宅していた時間に渋谷駅へ頻繁に現れるようになります。向かう途中には、渋谷大向の旧上野邸に立ち寄り、窓から中を覗いていたといいます。

 そして、上野の死去から10年近くが経過した1935年、ハチは渋谷川に架かる稲荷橋の近く、当時の滝沢酒店北側路地の入口で静かに息を引き取りました。

 ハチの存命中に建てられた渋谷駅前の「忠犬ハチ公像」は、純粋な愛の象徴として今も多くの人に愛され続けています。

シュシュ

シュシュ(出典:尾田栄一郎『ONE PIECE』集英社)

 〝東の海イーストブルー〟編に登場したシュシュは、主人の死後も彼と共に開いたペットフード店の店番を続ける看板犬でした。

 遡ること三ヶ月前、主人はシュシュに店番を頼んで入院し、そのまま病気によって帰らぬ人となっていました。
 主人の親友で町長のプードルは、シュシュは主人の死を理解してなお、彼の形見である店を守り続けていると語ります。

シュシュについて語るプードル(出典:尾田栄一郎『ONE PIECE』集英社)

ラブーン

 〝西の海ウエストブルー〟から双子岬にやってきたアイランドクジラのラブーンはシュシュとは対照的に、50年も前にこの岬から〝偉大なる航路グランドライン〟に旅立った海賊団の生還を待ち続けていました。

 ラブーンは彼らが二度と戻らないという現実を受け入れようとせず、世界の海を分かつ〝赤い土の大陸レッドライン〟に頭を打ち続けていました。

ラブーンと〝赤い土の大陸〟(出典:尾田栄一郎『ONE PIECE』集英社)

ハチと二つの物語

 ハチ、シュシュ、そしてラブーン、3匹はそれぞれ異なる形で、別れと向き合いました。

 作者・尾田栄一郎氏はハチという存在から、「形見を守る」ことを選んだシュシュと「再会を待つ」ラブーンという対照的な2つの物語を生み出したのだと思われます。

 彼らの別れに対する理解の仕方や行動の形は様々ですが、その根底にあるのは、愛する存在を想う変わらぬ気持ち――彼が描きたかったものは、まさにそこにあるのではないでしょうか。

 

 

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